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7-7 鳴海の血を引く者 1

last update Last Updated: 2025-05-27 14:42:36

 月曜の朝——

翔がオフィスに来ると、既に姫宮は仕事をしていた。何やら書類でも作成していたのか驚くべき速さでキーを叩いてる。

「おはよう、姫宮さん」

「あ、おはようございます。翔さん」

姫宮は手を休めて立ち上がると翔に挨拶をした。

「本日から副社長付きの新しい秘書が参ります。翔さんと同い年の男性なので、お互いに仕事がしやすいと思います。取りあえず臨時秘書ということですので、半年だけの秘書にはなると思います。それで……あの、実は……」

姫宮は言いにくそうに言葉を濁した。そんな姫宮を見た翔は首を傾げる。

「どうしたんだい、姫宮さん。何かあるのか?」

「……あの、驚かないで下さいね?」

「え? 何に?」

「あ……い、いえ。何でもありません。今、彼は秘書課におりますので、これからこちらへ連れて参りますね。では行ってきます」

「行ってらっしゃい」

翔が返事をすると、姫宮はあたふたとオフィスを出ていった。1人になると翔は呟いた。

「一体姫宮さんはどうしたと言うんだ? いつも冷静沈着なのに……らしくないな……?」

姫宮が部屋を出ていき約10分後。

——コンコン

ノックの音が聞こえ、ドアの外から姫宮の声が聞こえた。

「副社長。新しい秘書の方をお連れしました。入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ。大丈夫だ。通してくれ」

「失礼します」

姫宮はドアを開けると1人の男性を伴って中へ入って来た。

「副社長、新しい秘書の方をお連れしました」

「今日からよろしくお願いいたします」

姫宮の背後に立っていた男性は前に進み出て来ると翔を見て頭を下げた。その人物を見て翔は驚きの声を上げた。

「あ! お、お前は……!?」

****

 話は今から2日前に遡る。

——19時半

姫宮はメールでやり取りをしていた後任の秘書となる男性と本社ビルの向かい側にあるカフェで待ち合わせをしていた。

窓際の一番奥のテーブル席。ここが相手の男性が指定してきた場所だ。約束の時間より10分程早く到着していた姫宮は席に着いて窓の外を眺めていると、不意に人の気配を感じ、声をかけられた。

「すみません。恐れ入りますが……姫宮さんでいらっしゃいますか?」

「あ、はい。姫宮で……す……。え?」

姫宮は絶句した。

そこには翔によく似た男性が立っていたからだ。

「あ、あの……貴方がもしかして……?」

姫宮は目を見開いて男性に尋ねた。

「は
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  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   7-9 翔と修也の秘密の関係 1

     姫宮から各務修也への引継ぎは順調に進んでいた。そして本日、修也は午前中は秘書研修ということで秘書課へ顔を出していた為、久しぶりに副社長室のオフィスルームは姫宮と翔の2人きりとなっていた。「どうだい? 姫宮さん。修也への引継ぎは進んでいるかな?」翔は引継ぎの資料を作成していた姫宮に声をかけた。「ええ、順調です。それにしても彼には驚きです。とても呑み込みが早くて、何でもそつなく出来て……本当に優秀な方なんですね」姫宮は感嘆のため息をついた。「ああ、そうなんだ。修也は……本当に優秀な人間なんだ。だからこそ……」修也はそこまで言って口を閉ざした。「翔さん? どうかしましたか?」姫宮は突然黙り込んでしまった翔を見て首を傾げた。「い、いや。何でもないよ、俺に構わず続けてくれ」「はい、分かりました」そして再び、姫宮はPCと向き合った―― 12時になり、修也が副社長室へと戻って来た。「ただいま戻りました」修也が翔と姫宮に挨拶をした。「ああ、ご苦労だったな。修也」「お疲れさまでした、各務さん。どうでしたか? 秘書課の研修は」「はい、皆さんには親切丁寧に教えていただきました。午後からは引き続き姫宮さんの引継ぎ業務に入らせていただきます」修也はにこやかに返事をする。「それじゃ、姫宮さんと修也……2人で一緒にお昼に行ってくるといいよ」翔は2人に声をかけた。「そうですね。では行きましょうか? 各務さん」「はい、ご一緒させて下さい。それじゃ、翔。行ってくるよ」「ああ。行ってらっしゃい」翔に言われ、姫宮と修也はオフィスを出て行った。そして1人オフィスに残った翔は小さく呟いた。「修也……。お前が俺の秘書になるとはな……。これじゃあ10年前の関係と大して変わりないな……」そしてため息をついた――****「ここが今私が一番気に入ってる店なんですよ」姫宮が連れて来た店は本社ビルの近くにあるカフェだった。このカフェはコーヒーの種類が豊富で15種類の味のコーヒーを提供し、注文に応じてブレンドしたコーヒーを作ってくれるのだ。「姫宮さんはコーヒー通なんですね。僕は普段はインスタントしか飲まないので感心してしまいますよ」コーヒー付きのセットメニューでホットサンドを食べる修也。「でも一度引き立てのコーヒの味を知れば、きっと各務さんもインスタントで

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